庶民だけど私立小学校受験。無理かも。やめたいと思った日
受験まで、あと5か月。
そのとき、我が家は“お受験”という未知の世界に足を踏み入れました。
共働きのサラリーマン家庭。
車は中古車。
車にお金をかけない分、年に2〜3回の国内旅行を楽しむ。
そんな、ごく普通の庶民暮らしを満喫していました。
「中学受験はいつかさせたい」という母の思いはありました。
けれどそれは、“その時が来たら本人に任せよう”という程度。
それまでは公立小学校へ進む前提で、何の疑いもなく準備を進めていたのです。
転機は突然でした。
幼稚園のお受験組に影響され、
息子がこう言い出したのです。
「僕も、テストを受けて入る学校に行きたい。」
実は年中の頃、教育方針の違いから園を変えたこともあります。
それでも、まさか小学校受験をするとは思っていませんでした。
一人っ子のわが子。
本人の意思を尊重したい気持ちは強くありました。
でも、心の奥では揺れていました。
私立小学校は、
医師、弁護士、経営者——
社会的地位の高いご家庭だけが選ぶ世界。
そう思い込んでいたからです。
実際に入学してみると、
その印象は決して間違いではありませんでした。
保護者には専門職の方も多く、
お母様方も知的で洗練された雰囲気。
最初は、正直に言ってしまえば——
場違いなのではないか、と感じたこともあります。
けれど、時間が経つにつれて気づきました。
教育を大切にしたいという思いは、
肩書きとは別のところにあるのだと。
社会的地位の高い方ほど人格者で、
庶民である私にも、ひとりの保護者として対等に接してくださったのです。
イメージだけで膨らんでいた私立小学校は、
思いのほか、あたたかい場所でした。
それでも——
私は何度も、「やめたい」と思いました。
今日は、その瞬間を正直に書きます。
小学校受験、やめたいと思った瞬間3選
①旅行の予約サイトを、そっと閉じた夜
わが家は、贅沢な暮らしではありません。
でも、年に2〜3回の国内旅行は大切な家族行事でした。
温泉、海、テーマパーク。
「今年はどこへ行こうか?」と話す時間が、何より幸せだったのです。
けれど、受験準備が本格化してから。
受験グッズ代、願書代、幼児教室の費用、受験料、合格後や入学後の費用
——ついでにエコキュートの故障
数字を見れば見るほど、現実に引き戻されました。
ある夜、いつものように旅行サイトを開きました。
けれど、予約ボタンを押すことはできませんでした。
「今は我慢だよね。」
そう自分に言い聞かせながら、静かに画面を閉じたあの瞬間。
正直に言うと、
“ここまでして本当にいいのだろうか”と、初めて思いました。
② 保護者のレベルに、圧倒されたとき
私立小学校の説明会。
周囲を見渡すと、
品のある装い、落ち着いた立ち振る舞い、洗練された会話。
医師、弁護士、経営者——
そんなご家庭が当たり前の世界。
地方のさらに地方で暮らしてきた私には、
少し眩しすぎる空間でした。
「私は、この世界に入っていいのだろうか。」
身なりも、言葉遣いも、
もっと整えなければいけないのではないか。
帰りの車で、どっと疲れが出たのを覚えています。
でも同時に、こうも思いました。
この環境に身を置けば、
私自身も少しは成長できるのかもしれない。
劣等感と向上心。
その両方が入り混じった、複雑な感情でした。
③ 情報に振り回され、不安に飲み込まれたとき
受験期は、とにかく情報が多い。
「寄付金は〇百万円単位らしいよ。」
「うちはこれくらい出したって聞いた。」
そんな噂話を耳にするたび、胸がざわつきました。
夫の同僚経由で聞いた、外資系勤務の奥様の話。
ママ友会で、指の本数で寄付額を示したという話。
真偽は分からないのに、
なぜか現実味だけは強く感じてしまう。
庶民のわが家に、その世界は無理なのではないか。
不安が膨らみ、眠れない夜もありました。
けれど、入学前説明会で先生に直接お聞きしました。
寄付金は任意。
学費と諸経費をきちんと納められれば問題ありません、と。
あれほど膨らんでいた不安が、
一瞬でしぼんだ感覚を、今でも覚えています。
情報は、人を強くもするけれど、弱くもする。
このとき私は、
「誰から聞いたか」より「誰に確認するか」が大事なのだと学びました。
それでも、やめなかった理由
何度も「やめたい」と思いました。
お金のこと。
周囲との違い。
見えない不安。
それでも最後まで続けられたのは、
息子が本気だったからです。
小学校受験は、
子どもの挑戦であると同時に、
親の覚悟も問われる時間でした。
そして私は、もう一つの現実と向き合いました。
将来、中学受験をするとなったときのことです。
わが家の住む地域では、
中学受験を選ぶご家庭はほとんどありません。
それが良い悪いではなく、
“選択肢として存在しにくい環境”なのです。
もしその時が来たとき、
周囲の空気に流されず、
我が子の意思を守れるだろうか。
私は、正直に自信がありませんでした。
だからこそ思ったのです。
今、目の前にあるこの挑戦を、
しっかり受け止めよう、と。
小学校受験を選んだことは、
将来への不安から逃げたのではなく、
わが家なりに現実を見つめた結果でした。
そう考えたとき、
私はようやく、この選択を飲み込むことができた気がします。
次の記事では
「幼児教室は、やっぱり必須ですか?」
正直なところ——
わが家も最後まで悩みました。
▶︎ 小学校受験に幼児教室は必要?通塾・オンライン徹底比較


